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宮台真司
学問やアートは自明性の外に人を連れ出して傷つける。傷ついたら修復プロセスを仲間とともにすすめてほしい
いざというときに助け合えるのかという会話をしてほしい
尖った言葉は著書を読んでもらうため
不快にするとこのやると思って論破するために本を読む。そしてほとんどの人は納得する
論破するために相手の本を読むという仮定が相手を信じてると思う基素
ほとんどの人はよまずに態度に対してせいぜい論調批判するという感覚
三島由紀夫「天皇主義者が一夜に民主主義者になった。それは一番をとりたいだけのポジション取り」
そういう人はいい人に見えるけど、実際はどうでもいい人
劣等性そのもの
落合陽一最近は強い言葉をつかっても外に出てくれないのでは?連れ出さないと光らない学生は最初から輝かないと思っているからやってこなかった
宮台真司傷ついた人の処方箋は、法の外の掟で結びつく関係友愛関係・性愛関係をつくる(仲間を作る)こと
宮台はこれを「風の谷戦略」「社会という谷を仲間と生きる戦略」「ミュニシパリズム」と表現する
いざというときに助けてくれる人を知ること
どうするか?
「いざというとき」がなければ不明
安全・便利・快適から外れなければ、関わっている人が「いい人」か「どうでもいい人」か選別できない
自分が困るのが一番わかりやすい。そのときに助けてくれる人がいい人
自分が困ったと発信して相手の反応を見る
助けてくれる人は多くの場合存在する。そいつと友達になればいい
これが基本的スタンスなんだな基素
人間は昔からずっとこうやってきた
現代は誰を助ければいいのかわからない
学生「どうやったらいいかわかりません」宮台「困ってるやつを助ければいい」学生「誰が困ってるのかわかりません」
1990年代にJock Young過剰包摂社会の中で「見た目で相手の階層や階級がわからなくなった(年収2億円も200万円もユニクロを着てスタバにいく)」と論じた
1970年代半ばまではこれがわかっていたので、誰が弱者なのかわかったから、助けられた
ブルーカラーだと一見してわからないことはいいことのように思うが、足下を見られないようにつばぜり合いをはじめ、相手に弱みを見せないようにする
落合陽一他人を注意深くみればわかるかもしれないが、みない
相手からみると弱くて助けるべき存在がわからなくなるので、連帯が不可能な社会になる
宮台のfield researchからこれはtrue
弱いと食い物にされるからそうなったのではないのか?そちらの問題はどう解決するのか?基素
システムやtechを頼ると人間ではなくシステム(Amazon)を頼って人間関係を放棄してクズ化する
基素
techも資本主義も重要だが、つかう人の心構えがなければいけない
いいtechはJohn Hankeが言うように、universeで人がつながるためのゲーム。つながりを回復する喜びを与えることができる、身体性をもったtech designerが重要
宮台用語でいう体験デザインが重要
この体験は人を良い方向に導くのだろうか?
つながろうと思わせる体験か
入れ替え可能なものとかけがえのないものを識別できる体験か
落合陽一ポケモンGOでの雨傘運動がありましたね
落合陽一そんなかんじ
単純に多くの人にリーチする規制されない手段というだけでおそらく批判対象であるTwitterでも同じことが出来るからことさらポケモンGOがよいとなるのはわからない基素
>デモと警察の衝突が深刻化するに従い、警察や当局はオンラインの活動に対する規制を強めており、従来のコミュニケーション方法が使えなくなってしまったとのこと。そこで、デモ隊はTinderを使ってデートに人を招待すると見せかけて、実際には現地でデモを行うといった方法で規制をかいくぐってデモを組織しているそうです。
落合陽一身体性が失われると承認欲求ゲームいいね集めが始まる。株式市場と同じで単なる数字。深いつながりはない。数字に執着しても美しくないし、ときめかない。
落合陽一アドラー心理学における目標混乱がおきている。いいねボタンを押した人はいざというときに助けてくれるか?助けてくれるわけがない
承認ボタンを押したぐらいで寂しくないとか思っている時点で感情が劣化している
これをきいて傷ついた人がいるでしょう?修復プロセスが必要
若い人には「自分がいろんな能力・資質をもっていないと仲間を作れない」という風潮がある。しかし、なんでもできるやつになろうとするのは愚か。集団でパフォーマンスを上げられれば良い
全員がいろんな能力を持っている共同体なんかない
できないことがあるのが普通
得意なやつが不得意なやつをカバーするのが仲間集団
これは会社そのものの話をしていて単純基素
個人の戦略としては別じゃんという言う返しが出来るし、司会もそうしているが、構成員がそう考えなければいけない共同体が構造的に問題を抱えていると宮台は主張する
ある問題はしょうがないから、実際には個人は戦略としてそれをとるんだが、その後に組織構造を変えたりせずに既得権益をむさぼる側になるのがダメとしている


著書
制服少女たちの選択―After 10 Years
>1996年、「援助交際」という言葉が流行語として認定されたその年、援助交際はピークを迎える。女子高校生を駆り立てたものとは何だったのか。著者自身が街を歩き、インタビューを重ね、問題のありかをていねいに探索し、考え抜かれた分析をまとめた論考。文庫化にあたり、新たに中森明夫氏の解説と、圓田浩二氏、元援助交際少女との対談2本を収録。
デビュー作
元の本は1994
第1部 制服少女がパンツを売る理由
第1章 パンツを売ってどこが悪いの?
第2章 団塊の親たちの無惨な失敗
第3章 鏡としての「パンツ売り」
第4章 少女は郊外で浮遊する
第5章 「女子高生」というブランド
第2部 コミュニケーションの進化史
第6章 新人類とオタクとは何だったのか
第7章 無神論者たちの宗教ブーム
第8章 社会は「島宇宙化」する