印象派
>灰色の道に青々と茂った並木がある場合,強い陽光の下で道は青緑色に見える。このような色は仮象色であって,道の固有色は灰色である
>印象派の画家たちは,自然を外光のもとにおける色彩現象としてとらえ,固有色を否定した。
固有色を否定する、というのはよくわからない。
環境光を混ぜた絵を出力するようになったということではないのか?
2022/8/20 読み返してわかった
ここでの固有色は「りんごは赤、空は青、木の幹は茶色」というような想像上の色
しかし

の理解での固有色はCGで物体のプロパティとして表現する色である。
だからわからなかった
>初期の印象派の画家たちはその当時の急進派であり、アカデミー絵画のルールを無視した。彼らはウジェーヌ・ドラクロワとJ.M.W.ターナーのような画家たちに影響されて、線や輪郭を描くのでなく、絵筆で自由に絵の具をのせて絵を描いた。
>また当時の実生活の風景を描き、ときには戸外でも描いた。それまでは静物画や肖像画はもちろん、風景画でさえもアトリエで描かれていた(例外はカナレットであり、彼は屋外でカメラ・オブスクラを使って描いたらしい)。
1841 チューブ入り絵の具発売
印象派が出てきた条件
1839年
写真の発明により写実に徹することが揺らぐ
>写真が発明されると、誰でも簡単に、しかも大量に、物事を忠実に再現できるようになり、絵画や彫刻は"写実的"という意味においては、写真にかなわなくなってしまったのです。
>すると、芸術家たちは写真にはできないことを目指そうとしました。例えば、印象派は画家が感じた光や空気、あるいは色そのものをとらえようとし、キュビズムは対象のシンプルな構造をとらえようとしました。さらには抽象絵画にも写真は影響を与えたと言われています。
相澤邦彦
印象派が出てきて変わったこと
それまでの画家
パトロンの注文で制作。リテイクあり
サロンでは神話や聖書をモチーフにして写実的に描いた絵が評価された
印象派
みたままを描いた
>この作品は主流派の画家たちから辛辣な批判を受けました。この作品こそが「印象派」の語源であることが知られていますが、現在の状況とは異なり、当時は「印象派」という表現が侮蔑的なニュアンスを含んでいたということです。
本国フランスでは評価されなかったがアメリカで売れた
経済成長したアメリカは芸術のメッカフランスの絵を欲しがった
画商が増えた
宗教性がない絵画を受け入れやすかった
特に思想とかなく見たものを書いた
見る側の評価基準も変わった
1870ごろから売れ始める
1874 第1回印象派展
1886 第8回印象派展