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「なんで?」と問い詰めたり、論破することの副作用



「なんで?」という問いは、防御反応を自動的に発動してしまう(パブロフの犬の実験
知的謙遜とか謙虚さである程度抑えられると思うが、それでも情動は自動発動してしまうもの
「なんで?」という問いをしないようにするのが、安全
「どういう経緯なの?」と、Howを聞いて、共感するのが次善策
コンテキストの共有をしていくうちに、理由に辿り着くイメージ
そもそも、「なんで?」と聞かれてすぐに真の理由にたどり着けるのか?
最終的に、怒られないように適当な理由をでっちあげられる
バレないのであれば、「あ、知らなかったんです」とかで悪気のない無知にできる

>特に新人のうちは、ロジカルに論破してくる人に対し「この人は優秀なんだ」と思ってしまいがちです。
> でも本当に仕事ができる人は、論破なんてしません。
> 論破して相手の心を折ったところで、何もいいことがないとわかっているからです。>

論破した側は、一時的な高揚感、ドヤ、支配感、有能感に満たされ、相手より自分を上に位置づける
論破された側は、
成長マインドセットの塊であれば、自分の学習として消化できる
たいていのケースは、恨みつらみ、怒り、悲しみなどネガティブな感情にとらわれる

さわちん氏の記事
目次
> 「なんで?」は悪手です。
> 賛同している人は「なんで?」と聞かない
「なんで?」は否定のニュアンスがある
> 人は、言葉を「辞書通りの意味」で受け取らない
> 誰にとっても棘がない伝え方をしよう
> 理由を聞くのではなく、状況を把握しにいこう
> 1. 「どんなきっかけだったの?」と問いかける
> 2. 時間がかかっても時系列で話してもらう
> 【まとめ】相手によって伝わり方は違う。普段から「伝え方」も振り返ろう