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GPTsの本質的な価値

(旧)GPTsの本質的な価値から数週間が経ち、考えがいくつか更新されたため、ここにまとめる。
これがおそらく最終版になるであろう。

GPTsの本質的な価値を考える上で
Assistantの機能面での価値
GPTsのUX面での価値

の2つを切り分けて考えると、わかりやすいと感じた。

これはつまり一言でいうと、「すごい能力を持った、自分(会社)直属の部隊を作れる」ようになったこと。
以下、解説を加える。


Assistantの機能面での価値
従来、複雑なユースケースを生成AIに実行させるには限界があった。(Assistants APIの本質的な価値)
例えば、このようなことだ。
インターネット上のコンテンツや、検索結果を用いた回答をさせる
社内データやPDFなどを読ませて回答させる
分析やコード実行をさせる
外部APIの実行結果を元に回答させる

これらが実現できるようになったのは、GPTsの価値といっても良いだろう。


GPTsのUX面での価値
別の視点から、GPTsの価値が浮かび上がってくる

突然だが、皆さんはよく使うスマホアプリを、スマホのホーム画面に固定していないだろうか?
パソコンでも、よく使うサービスを、ブックマークやお気に入り登録していないだろうか?
言おうとしているのは、これと同じである。

GPTsの価値は、形式知を固定化できることにある。
前回の(旧)GPTsの本質的な価値でも、ここに焦点があたっていた。
PCからでもスマホからでも、ChatGPTをひらけば迅速に、様々な機能特化型のGPTsにアクセスできる。
これは、当たり前のことではない。

GPTsが登場する前は、形式知(ChatGPTから得た学び)がたびたび消えてしまっていた。
特に工夫をしない限り、サイドバーのどこかへ流れてしまっていた。
あのやり取りどこだっけ?と、探した経験があるユーザーも多いことだろう。
ChatGPTとの対話で学んだ知識(氷山の上に浮かび上がった形式知)が、消えていってしまったのだ。
再利用性に難があったといっても良い。

GPTsの登場後は、これが少し改善された。
スレッドがどこかに行ってしまうのは特に変わっていないのだが、
前提条件や手順が複雑なプロンプトをInstructionsに設定することにより、プロンプトを調整する手間を省けるようになり、数ターンの会話を制御できるようになった。
これがでかい。
これまで調教に時間がかかっていたやり取りを、省力化できるからである。
ClaudeのProjects機能の解説記事では、これをコールドスタート問題と読んでいる。

>え、でもそれって、プロンプトをテンプレート化して、毎回それを使えば実現できるじゃん...

と思うかもしれない。
確かにそうだ。
でもそれは、点の話をしていないだろうか?
一回のプロンプト入力(Zero-Shot)で、一発ドーンという場合の話を、想定していると思う。
GPTsは、点だけではない。
線、つまり、ワークフローまで固定化できてしまうのだ。(SECIモデルの4つのプロセスでいう連結化)
つまり、行動の規格化が進むわけだ。

例えば、3つのGPTsがあったとする。
A(ニーズ深掘りGPTs), B(製品戦略GPTs), C(ビジネスモデル構築GPTs)
これをA -> B -> Cという順番で、@メンション機能でGPTsを使って連結することで、ワークフローを固定化させることができる。
点ではなく「」で、ベテランの形式知を業務の中へ再利用しているのだ。

想像してほしい。
職場に超すごい人がいたり、同じ業界で超活躍している会社があったとする。
もし、そのような形式知をGPTsに落とし込んで固定化し、自分の業務の様々なワークフローへと組めたとしたら、

一体どれほどの価値が生まれるだろうか?
モデルナ社のような事例は、今後もっと出てくることであろう。


まとめ
GPTsの本質的な価値の言語化が難しく、時間がかかってしまった。
結論として、
Assistantの機能面での価値
GPTsというUXの価値

この2つを考えるとスッキリうまくいく。

前者は、特殊な能力を持ったGPTsたちにより、複雑なタスクを実行できるようになった
後者は、ベテランの形式知を近くに固定化することができるようになった
これまで専門知識を与えるまで何往復もしていたやり取り(調教コスト)を、省略できるようになった。
複雑なプロンプトを設定したりワークフローを固定化させることで、業務効率化・品質向上につながりやすくなった
サイドバーに固定/@メンション機能など、迅速にアクセスできることで、GPTsを再利用しやすくなった

皆さんはどう思うだろうか?
おそらくこれが最終結論な気がしますが、また何か思いつくことがあったら更新したいと思います。