> 本書は複雑な構造を有した書物ではあるもののおおまかには五部で構成されている。上層にいくほどちいさくなる五階建の巨大建造物を想像してほしい。一階部分が全体の1/3をしめておりこの部分は密集した小屋のようなおもむきがある。この段階では巨大な建築の構造はみえてこない。読者は街路にまよいこむようにして散乱した文書群の内部をさまようことになる。差別や障害や性愛など日常では嫌忌されがちな問題にかんする議論が大部分をしめている。一般の良識からは逸脱しているようにもみえるがそれでもまだ健全なほうといえる。問題は第二部以降である。人権を完全に無視したような思想が怪気炎をあげながらさけばれる。最後の第五部は地獄ともいえるような様相を呈する。
> 全体の展開としては短編集のように小型の物語の連続からはじまり、だんだんとそれらがからみあい、第四部で拡散して第五部で収束する。これは筆者の『短編集的大長編あるいは大長編的短編集』という構想が反映されたものとかんがえられる。本書が理解しがたい原因はこのような奇怪な構造にだけあるのではない。その内容にも原因がある。内容は多岐にわたり、ホラー、ゴシック、ミステリー、サスペンス、アクション、クライム、ロマンス、ポルノ、私小説などありとあらゆるジャンルが大人の玩具箱のようにつめこまれている。このような意味で本書は建築でありながら都市であろうとするメガストラクチャーであり、ひとつでありながらすべてであろうとするキマイラである。
> 前述したように本書には差別や虐待や拷問や自殺や殺人そして常軌を逸脱した性的な描写がたぶんにふくまれており、反社会的ともいえる思想も披瀝されている。特に第二部はおおむねポルノである。女性の読者はもちろん男性の読者でも吐気をもよおすようなおぞましくて下品で露骨な記述にあふれている。そうした表現が苦手な読者は読書をひかえることを強くおすすめする。もしくは目をほそめてよんでいるふりだけしておくのがよかろう。自分の理解できない思想をうけいれるのが苦手な読者にもおすすめできない。本書にあるのは良識的な人間ならばアレルギーをおこしかねないような理解しがたい思想ばかりである。ただし筆者は露悪趣味的な残酷物語として本書を執筆したのではない。それは本書を最後までよんでもらえたらかならずおわかりいただけるはずだ。
> 本書が書店でうられているような《商品としての書物》とは別物であることを事前に了承しておいていただきたい。本書と《商品としての書物》は野生動物と愛玩動物くらいことなる。原則的に《商品としての書物》は安全快適によめるようにできている。それは初心者向けの登山道のようなものであり障害となるものはあらかじめとりのぞいてある。危険なものも毒のあるものもきれいに排除されている。棘もなければ牙もない。角がまるめられた子供向けの遊具である。だれも傷付かないように配慮が細部までいきとどいている。商品とはそういうものである。
> 本書は野蛮な深山である。人間にたいする配慮などない。もとよりひとがはいりこめるようにはできていない。読者は危険なものとそうでないものを自分でみわけてかきのけながらよみすすめなければならない。鬱蒼とおいしげる検閲なきむきだしの言葉と読者は格闘しながらすすむことになる。登山者のおおくは途中で遭難するだろう。ここには不可解で凶暴であらあらしい自然としての人間が、またそういう人間がとらえようとした宇宙が、毒もぬかれないまま生捕りにされている。