飽き
飽きるということは何か興味があるわからないことが充足されたから
何かできなかったことがルーチンワークになるぐらいできるようになった
飽きないならそれはそれで楽しいし、飽きたら別の楽しいことを見つけることができるかもしれない
いっぱいやっていると共通部分が見つかってさらに楽しくなる
A,Bそれぞれだけをやっている人と、AとBの両方をやった人が見出す面白さには違いがあると思う
飽きることをネガティブに感じる理由はなんだろう?
過去の否定になる?
心持ち次第
手持ちの面白かったことがなくなってしまって、面白いかどうかわからない興味だけがある状態になるから?
たぶん「俺はもっと上に行きたい」「勝ちたい」気持ちが強くて、でもその割に成長が遅い(かけなきゃいけない労力に辟易する)という現実があって折れてしまう感じですかね
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比較なんて不毛だ、と頭ではわかっていますが、中々なくなってくれない
この感情自体は行動の源泉になりそう。折れるのを避けるためには、課題解決の視点(正攻法で勝てるようにする)のほかに、自分の視点をずらす方法が使いたくなるなぁ
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そうなんですよね、源泉にはなってます
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捨てたら捨てたらで日常が廃れそうで怖い
アイデア検討の文脈で「発想を変えて」はよくやる
まあともすると「うんこ食ってる俺すげえだろ?」「誰もできねえよな?」みたいなことになる(奇行に走る)のですがw
たぶんそうで、問題を別の視点から捉え直してみて自分の気持ちを変化させるということです
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例 「Aで1番になりたい」が「1番になれない(解決困難問題)」場合に、なりたい気持ちの方をなりたいまま「1番になりたいと思っていてまだできていないがかの気持ちを持ったまま歩けているので合格」のように折り合いをつける
面白いと思えるものを何個も持っておくのが予防になりそう
+1
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どこかに書いた気がする
こういうのがあると気を取られて一つのことに没頭できなくなる
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やってることが終わったらリストが出るようにしよう
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わんこそば形式だったらつらい
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関連しそう