短い文章を高頻度で互いにやり取りする文化とコミュニケーションの目的化の関連性
コミュニュケーション自体が目的になる雑談とかだと頻度が高くなるのではないか
問題解決とかが主目的ならもっと文章に多くの情報を詰め込んでから送信することが多いと感じる
肯定の言葉を受け取って気持ちよくなりたい人を2人用意したら短い言葉で互いに肯定しあう構造に収束すると思う
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それが両者にとって幸せを最大化するから
東北方言が言葉の合理化の結果短くなったみたいな話?
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寒さが俗説で単に非常に小さいコミュニティなので短くても伝わるから短くなった
アクセントも必要ないのでマジで何言っているのかわからない
ばあちゃんがそんな話をしていたが詳細を忘れた・・
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「へっ」「あー」という会話が出てきた気がする。この短いやり取りに結構意味が含まれているみたいな話だった気がする。