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梨壺の五人
>天暦5年(951)村上天皇の命により、梨壺和歌所後撰集を撰集し、また万葉集訓点を施した五人の寄人 (よりうど) 。
後撰集は二番目の勅撰和歌集である『後撰和歌集』のこと
万葉集に訓点を施したのは、この時代には何が書いてあるか読めなくなっていたから
万葉仮名による表記のため
古今和歌集以後の和歌復権により万葉集を読んでみたいという欲求が高まったらしい
この時の訓点を「古点」という

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