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予測誤差仮説

発達障害って個性なのかどうか、よく議論になりますよね。私自身も「個性」という言葉は便利な反面、「何でもかんでも多様性って言って終わりにしちゃうのもどうなんだろう」と思うことがあります。
そこで今回は、**自閉スペクトラム症(ASD)**を巡る仮説の一つである「予測誤差仮説」に焦点を当てながら、ASDの多様性について考えてみたいと思います。

そもそもASDって?
ASD(自閉スペクトラム症)は、

社会的コミュニケーションの困難さ
限定された反復的な行動や興味
感覚の過敏さや鈍感さ
などを特徴とする発達障害です。「自閉スペクトラム症」と言われるように、**一人ひとりの特性にすごく幅(スペクトラム)**があります。たとえば、同じASDの子でも、すごくおしゃべりで人に話しかけるのが大好きな子もいれば、ほとんど言葉を発さない子もいる。あるいは過剰に音を怖がってパニックを起こす子がいれば、強い光にはまったく動じない子もいる。

これだけ幅があるのに「ASD=こうです」と一言ではまとめきれませんよね。それこそが“多様性”と言われるゆえんです。

脳は「予測」と「修正」をくり返している
「予測誤差仮説」とは、「脳が常に未来を予測し、その予測と実際の感覚とのズレ(誤差)を修正しながら学習している」という考え方です。

予測:脳が「こうなるはず!」と先読みすること
誤差(ズレ):実際は「そうならなかった!」という事態
修正:新しい情報を取り入れて予測を更新すること
私たちは日常的にこの「予測 → 誤差 → 修正」のサイクルを回しています。たとえば、いつも使っているドアノブを回したらドアが開く、という予測を持っていますよね。でもドアノブが壊れていて、回しても開かないときは「えっ?」ってなる。これが予測誤差です。脳は「ドアノブを回しても開かないんだ!」と誤差を検出して、次からは「壊れているかもしれない」って予測を少し変えようとする。

ASDの人はこの予測がズレやすい?
予測誤差仮説では、ASDの人は

予測を立てるのが苦手(予測過程障害)
予測をアップデートするのが苦手(予測学習障害)
といった偏りが起きている可能性があるとされています。

たとえば 予測が苦手 なケース:
学校へ行く道が毎日同じでも、周りの風景を毎回「新しいもの」として受け止めてしまい、不安になったり落ち着かなかったりする。周りからは「そんなに変化ないじゃん」と見えても、その子にはそのわずかな変化が大きなストレスになる。

たとえば 予測のアップデートが苦手 なケース:
サッカーのチーム練習で「雨天のときは体育館でやる」という決まりを先生から説明されても、一度外のグラウンドでやるイメージが固まるとなかなか修正できなくて、体育館に移動するとパニックを起こしてしまう…という感じです。

具体的な場面──給食当番が変わったらパニック!?
もうちょっと身近な具体例をあげますね。
あるASDの小学生が、給食当番は毎週金曜日に交代するという決まりを理解していました。ところがある週だけ学級閉鎖が入り、特別措置で「今週は木曜に交代しましょう」と先生が言った。

周りの子は「あ、そうなんだ」くらいで受け入れますが、そのASDの子は「金曜日に交代するはずだ!」という予測が強く固まっているため、突然の変更に大きなストレスを感じます。
さらにその“ズレ”をすぐに修正できず、頭の中が混乱してパニックになってしまうかもしれません。
これが予測誤差仮説で説明される「予測の強さ」と「補正の弱さ」が組み合わさって起きる状況と考えられます。

多様性は「個性」だけど、困りごともある
ここで「でも多様性なんだからいいじゃん!」とだけ言ってしまうと、当事者が困っている事実は置き去りになりがち。

確かにASDはスペクトラムで、人それぞれ全然違う。
一方で、「予測が外れやすい」「修正が苦手」などの特性ゆえに、日常生活で困ってしまうことが少なくありません。
だからこそ、「これはその子の個性だよね」で終わりにせず、適切なサポートをすることが大事。本人がパニックにならない工夫をしたり、最初から「木曜に交代になる可能性もあるんだよ」と前もって知らせたりするだけでも、予測のズレが減ってすんなり適応できたりします。

予測誤差仮説に基づく支援方法
感覚統合療法
感覚の過敏さを調整して、脳の予測がちょっとずつズレにくくなるようにする。
認知行動療法
「あ、こんなときはこういう風にズレるんだ」と自覚しながら、修正スキルを習得していく。
ソーシャルスキルトレーニング
他人の表情や場の空気などの「社会的な変化」を読めるようになる訓練で、予測の精度を高める。
こうした方法で「予測 → 誤差 → 修正」のサイクルをサポートし、日常生活での混乱を減らしていくのが狙いです。

まとめ:多様性を尊重しつつ、サポートも忘れずに
ASDはスペクトラムで、特性は人それぞれ。そこを「多様性」と呼ぶのは確かにその通り。
でも、ただ「個性」で片づけてしまうと、当事者が抱える苦労や困りごとを見逃してしまうかもしれません。
「予測誤差仮説」は、ASDの人がどうして社会的な困難や感覚過敏を経験しやすいのかを、脳の予測と修正という観点からわかりやすく説明してくれます。
だからこそ、当事者の予測や不安を理解し、具体的なサポートを提供することが必要なのだと思います。
「ASDっていろんな仮説があるからよくわからない…」と思うかもしれませんが、こうした視点を知るだけでも、「あ、この子は今、いつもと違う状況が不安なんだな」「予測と違う出来事が起きて混乱してるんだな」と気づけるきっかけになるかもしれません。

結局のところ、多様性とは「みんな違って当たり前だけど、その違いには困りごとも含まれる。そこを一緒にサポートしていこう」という考え方だと、私は思っています。