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三組の障害の歴史を辿る

始めに
三つ組みの障害はウィングが考え出したものだと言われている。なのでこの記述はそのことを前提としている。
サイモン-バロン-コーエンによると、三つ組みの障害の概念自体はレオ・カナーの時代からあったらしい(要出典)。

発端
①ウタ・フリスの本「自閉症の謎を解き明かす」でシステム化と全体統合説の不整合が問題提起されてたのと
②三組の障害
社会性の障害
コミュニケーションの障害
想像力の障害
はそれぞれ以下のように言い換えられるよね、って思ったのと
→非言語コミュニケーションの障害
→言語コミュニケーションの障害
→トップダウン処理のボトムアップ処理による制御の障害
→3番めをいいかえるうまい表現が見つからなかった
③自分自身がシステムの一貫性のなさとか変更に対して弱いっていうのがあって
私のTwitterから引用するとこーなる。
>バロン・コーエンのいうシステム化、全てを統一的に単純な原理で捉えたいという欲望なんじゃないかと思う。なぜって?ぼく自身がそうだから(唐突にハイコンテクストなツィート)

そもそも三組の障害を見出したウィングはどう記述してたっけ? って思ったのと
あれやこれや

ローナ・ウィングの記述

思ってたより複雑だった。

ローナ・ウィングによる大規模調査により、自閉症児の発達段階で比較的初期に現れる特性が3つに特定された。
社会性の障害
コミュニケーションの障害
想像力の障害

以下読書メーターからの引用
>この世界では名のしれた古典。三組の障害について詳しく知りたくなったので読む。読んでて思ったのが、バロンコーエンの主張する「システム化」 は、知能の高い自閉症スペクトルには当てはまるかもしれないけど、実は変化への拒絶を言い換えたにすぎないんではないかということ。
>たとえば自閉症児は音楽が好きな傾向がある。それは、同じ音楽を繰り返して聞くことが好きなのだ。同じようにTV番組に興味を持たなくてもCMがすごく好きになることがある。ある指揮者の解釈を知ってる自閉症児は他の指揮者の解釈を拒否することがある。etcetc。
>すなわち変化を嫌う。
>この本で述べられてるのは、そういった興味の限局は想像力の障害の裏表なのではないかということ。
>こんなこと言い出したらバロン・コーエンの主張してるシステム化についても解説しなきゃフェアじゃないね。長くなるから寝よう。おやすみ。
>こうした議論は一歩間違えると人格攻撃になりかねないから難しい。

参考 著者の疫学調査の結果によると有病率は1万人に22人程度。

バロン・コーエンの記述
三組の障害の中身が変わってたのには正直驚いた。
寧ろカナーとラターによる古い捉え方に立ち戻ってるとも見ることが出来る。
社会性の異常
コミュニケーションの障害
反復行動と狭い興味
以下読書メータからの引用
> ウィングの三組の障害が取り上げられてない。三組の障害の前2つは同じで最後にくるのが限局された強い興味、関心や反復行動。これはウィングが想像力の障害の結果と見なしたものと一致する。それからウィングの時代にくらべて自閉症スペクトラムの概念が広まってる。3つ組の障害はもはや必須ではなく、特定不能の広汎性発達障害も範囲に入っている。これは何処かで線引する科学的根拠が薄いからだろう。
>システム化について ローナ・ウィングが想像力の障害の結果として説明を試みた症状をこちらは過度のシステム化の結果として説明しようとする。あとはあながち私の解釈と同じ。
>ここらへんまとまってきたらscrapboxにぽいだね。あとウタフリスの解釈を加えたい。
> なおここで展開してるこの手の話は概ね自分語りであることを断っておく。

なので三組の障害の私なりの解釈はこうなる
社会性の障害→フクザツ。でも概ね非言語コニュニケーションの問題。
コミュニケーションの障害→言語コミュニケーションの問題。
想像力の障害→過度のシステム化欲求。限局された興味。変化への抵抗。コーエンのいうところのシステム化。

ウタフリスの記述
ウタフリスは「自閉症の謎を解き明かす」でウィングによる三つ組みの障害の定義を採用している。
が、のちに記述された自閉症入門ではバロン・コーエンの定義を採用している。