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協力してタスクを完了させるゲーム
って書くと Overcooked! 2Tools Up! を想像するかもしれないけれど!

ぼくは生活の中のあれやこれやを「協力してタスクを完了させるゲーム」と捉えているかもしれない
そう思ったので今の気持ちを書き記しておく

たとえば「飲食店に行って、食事を済ます」みたいなよくあるシチュエーション
ぼくはとにかく「食事を済ます」を達成して店を出たいと思っている
なので「店員さんとぼくで協力して、なるべく無理はせず、けれどなるべく早く達成したい」というゲームと捉えている

主に気にするのは「いつ完了するか」で、進行させるのが店員さんなのか自分なのかはあまり気にしない
テーブルが汚れていることに気がついたら自分で拭くし、それで店員さんのリソースが注文取りや配膳にまわせるならそれでいいと思っている

だから「店員さんが◯◯をやってくれない」「気の利かない店員がいて云々」みたいなお話を聞いても、あまりピンとこないのだと思う

以前に書いた /hub/よい接客とはどんなものか を思い出した
>さて、よい接客とはどんなものだろうか。最終的には、スタッフと客との接点が限りなく無に近づいていくのではないか。
>これを書いてみて、自分は別に「接客」を求めていないのだな〜と気が付いた。商店や飲食店や病院など、特定の結果を得るために人間と接することになる機会は多いけれど、なくて済むならそれでいい。

全体的にぼくは、接客に対する期待値がとても低いように思う
誰かになにかを「してもらう」ということ全般について遠慮があるというか、積極的にはそれを求めていないのかも
4 人兄弟の長男として育ったことが影響しているかも?
「お兄ちゃんなんだから、あなたは自分でやりなさい」的な?

「いい接客」ってものに懐疑的
接客は、なくて済むならない方がよいのでは?
実際、オンラインでお買い物するときは接客ないわけだしねぇ

おもてなし幻想』を読んでみるか…