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時間共有感
public
他人との時間共有感は、時間軸に対しての没入感を高める手段の一つなんだなと
本当に共有している必要はない、ビリーバビリティ

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今は製作者の時間軸=鑑賞者の時間軸にできるコンテンツが来ている axokxi
劇団ノーミーツのやつ、開始タイミングを逃した時に追っかけ視聴しようと言う気にはならなかったのも同期感を求めてたからかな

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2020/07あたりに考えていた話
コミュニケーションの文脈においうて「時間共有感」という感覚とは?
まとめると
「時間を共有している」という感覚は、情報を受け取る側の一方的な感覚
情報の送り手と同じ何か(映像、現実など)を体験しているときにそう感じる
対面会話も、Zoomも、ニコニコ動画のコメントも、そう捉えれば根本的に大きな違いはない
[* 違いは、発信されてから受け取るまでのズレが1msなのか0.5秒なのか1年なのか、だけ。

Xと何かを共体験している時に、Xから情報を受け取った = 受けては「時間を共有している」と感じる
Xとは:
対話相手(基本的に人間)
やり取りする情報とは:
声のメッセージ
表情によるリアクション
等様々
Xと同じ体験である「何か」とは:時間によって変化があるもの(tの値の影響を受けるもの)
現実の対面会話時:
五感で感じる現実」を共体験している
時計は、それを一定の尺度で測るためのツール
ニコニコ動画のコメント・kineto
映像」を共体験している
ここでは、シークバーが一定の尺度で測るためのツール
Zoomでは?
「自分の声」を共体験している
自分の声を共体験していることは直接はわからない
ただ、相手が自分の言った事に基づいた返信をしてきていることから、間接的に共体験している事を感じられる

Xからの通信は原則一方通行
Xから情報が発信されたのは、受け取るより物理的時間で前だから
前、というのは1ms前かもしれないし1年前かもしれない
1ms = 会話中の音の波が届くまでのズレ
300ms = Zoom上での対話のズレ
1年前 = ニコニコで昔のコメントを見るときのズレ

つまり、「時間を共有」 しているという感情は一方通行(本当に「共」有はできていない)
自分からすると、Xと時間を共有してる
でも、Xからすると、自分と「時間を共有」していない可能性もある
現実の対面 / Zoomで双方向対話ができるのはなぜ?
情報を発してから相手の返答を受け取るまで時間が許容範囲だから
一定量以下のズレなら、お互い「時間を共有」していると感じられるので双方向対話が可能

共有という言葉が着いたのは、従来のコミュニケーションだと双方向対話ができるレベルの差しかないから
本当は「共有」ではない
もっと良い語彙を探してるけど出てこない

「時間を共有」している感覚の度合いを影響するファクターとは
いくつかの壁がある
インタラクティブ触覚、インタラクティブ映像、会話などにそれぞれ壁がある drinami


以下は思考過程の雑多な考え
Q: マクロな時間(数年~みたいなレベル)はここでは取り扱わなくて良いこと?
物理的にコミュニケーションにおいてマクロレベルの差が生まれるのは宇宙レベル
いや、でもニコニコ動画_2とかは数年レベルでコミュニケーションにおける時間共有してる
A: つまり、マクロ/ミクロであるかどうか自体が関係ない、物理的時間の前後のみが関係してる

相対性理論の時間の速度の話は流石に無視する
コミュニケーションにおける「他人」の肉体も自分にとっては自分の時間を流れているわけだし
でも考え方は参考になる、インターステラーのコミュニケーションとか
あれはむしろズレなしのコミュニケーションなので、参考にならんか?