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ハイコンテクストとローコンテクストの概観
これらの概念はアメリカの文化人類学エドワード・T・ホール(Edward T. Hall)によって1976年に著書『Beyond Culture』(『文化を超えて』)の中で提唱された。
彼は欧米はローテクスト文化、日本は典型的なハイテクスト文化であると指摘している。
これは日本がほぼ単一民族国家として培われた歴史があるからだと言われている(「日本は世界一ハイコンテクストな国」)。

/sta/異文化理解力の8指標(詳細)がよくまとまっており、詳しい。
これは『異文化理解力』の読書メモと思われる。下記と内容が似通っているため、以下の一連のブログ記事はこの著書か、エドワード・ホールの著書からまとめられた内容なのだと考えられる。

ハイコンテクスト文化→文化の共有性が高く、言語以外の表現に頼る文化
ローコンテクスト文化→文化の共有性が低く、言語による表現を重視する文化

Wikipediaによると、
>コンテクスト(文脈)とは「言語外の情報」のことであり、言語以外の情報の重視度がハイ(高い)ということでは、メッセージを伝達する際に言語以外の要素を重視するということを意味する。逆にメッセージを伝達する際に言語以外の要素を重視しない場合はロー(低い)となる
ハイコンテクスト文化→メッセージを伝達する際に言語以外の情報を重視
ローコンテクスト文化→メッセージを伝達する際に言語以外の情報を重視しない

ハイコンテクスト文化→空気を読む文化
ローコンテクスト文化→言葉で伝え合う文化
>      

ハイコンテクスト文化
含みがあり多層的
行間で伝え、行間で受け取る
ほのめかし、はっきりと口にしない傾向
ローコンテクスト文化
シンプルで明確
額面通りに伝え、額面通りに受け取る
明確に伝えるためなら繰り返し伝える傾向
上記記事はめちゃくちゃ詳しいのでオススメ


批判
>日本を含め、世界的に著名な説であるが、実際のところは実証的な根拠に乏しい。ホールの記した『文化を超えて』は論文の類ではなく軽いエッセーに類する著書であり、実証性を目的とした著作ではない。ホールのこの着眼点は多くの研究者に刺激を与え、1980年代以降にホールの説を検証する実証研究が行われてきたが、内容の正しさを証明したと称する研究はほとんどなく、逆に反証となった研究も多い。例えば、下記のように高文脈文化では沈黙を嫌わないとされているが、高文脈文化とされる日本・韓国と低文脈文化とされるアメリカ・オーストラリアで比較したところ、むしろ、低文脈文化とされるアメリカやオーストラリアの人々の方が沈黙に対して肯定的だった。

原典は気軽なエッセイ
多くの研究が実証に失敗している
ホールの本には各文化の高低比較図はない
「日本人は腹芸だ」とか「和を大事にする」という日本文化論も結構怪しい
と4つの誤解が指摘されている。
日本文化論に関しては以下のようにも批判している。
>批判ポイントは、すでに以前のヤフーニュース記事で論じたので、詳細は繰り返さないが、要点としては、(1) 実証研究で再現できていないという点(→日本人の行動・態度は実際は十人十色なのに、俗流日本文化論は特定の人だけの行動・態度を「日本人らしい」と取り上げているから、その傾向が強調されて見えるだけ)、そして、(2) 日本文化を無根拠に世界的にユニークなものとする自民族中心主義の現れ(有り体にいえば「ダサい態度」)といったものである。