ちはやぶる神世も聞かず竜田川からくれないに水くくるとは
収録
百人一首
古今和歌集(秋下・294)
>二条の后の東宮のみやす所と申しける時に、御屏風に竜田川にもみぢ流れたるかたをかけりけるを題にてよめる
屏風に書いた絵を元にして歌を詠んでいる(いわゆる
屏風歌)
伊勢物語106段
>むかし、男、親王たちの逍遥し給ふところにまうでて、龍田川のほとりにて
こちらでは実際に竜田川に見に行っているという体
竜田川に
紅葉が浮かんでいる様子を、
くくり染めの布に見立てて「こんな様子は神世にも聞いたことがない」と讃えた歌
在原業平らしい歌
「ちはやぶる」の序詞から「神世も聞かず」とオーバーに言ってのける
「からくれないに水くくるとは」「ちはやぶる神世もきかず」という壮大な時間を横たえた倒置法
余談
ある時期まで「水潜るとは」で解釈されていた
水が紅葉の下を潜るイメージ
藤原定家はこちらの方で解釈していた節があるらしい(要出典)
まだらの紅に染まるの意
散った紅葉が竜田川に落ちて、水面に浮いている状態
これをくくり染め(絞り染め)の衣に見立てる
賀茂真淵が初めて紹介した説であるとのこと(古今和歌集全評釈)
濁音と清音の表記の問題がある
万葉集踏まえて解釈もできるんだなー
この歌を見るたびに
落語の「
千早振る」の方が頭に浮かんで「ふふっ」となってしまう