『書くためのアウトライン・プロセッシング: アウトライナーで発想を文章にする技術』
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>本書は『アウトライン・プロセッシング入門』、『アウトライン・プロセッシングLIFE』に続くシリーズ第三弾です。
>『アウトライン・プロセッシング入門』では、個人が「文章を書き、考える」ツールとしてのアウトライナーの活かし方とその背景にある思想について考えました。『アウトライン・プロセッシングLIFE』では、タスク管理のためのアウトラインが「ライフ(生活と人生)」全体のアウトラインへと変貌していく過程をお見せしました。
>今回のテーマは「文章を書くこと」です。文章を書くこと一般については『アウトライン・プロセッシング入門』でも扱ったわけですが、本書では発想段階から文章化までのプロセスと技法を具体的に扱います。
>本書は「文章読本」ではありません(そんな恐れ多いものが書けるはずがありません)。
>と言い訳しつつ、頭の中で文章を組み立てることができず、書いてみるまで何が出てくるかわからない私のような人間がアウトライン・プロセッシング(アウトライナーで文章を書き、考えること)を通じて多少なりとも身につけた感覚と方法には、共有する意味があると信じています。「書けない」からこそ理解できること、伝えられることがあるとも。
>アウトライン・プロセッシングの恩恵のひとつは「楽」に書けることです。「楽」というのは必ずしも「簡単」という意味ではありません。まとまった文章を書く作業が「簡単」になることはおそらくありません。
>しかし多くの場合、文章を書く作業は必要以上の苦行になっているとも思います。アウトライン・プロセッシングは書くことの負担のうちの「必要以上」分から私たちを解放してくれます。そしてより本質的な負担──頭の中にある考えを人に読める文章に変換すること──に集中させてくれます。
>自由な思考を「文章」という不自由な枠に合わせることの負担(これが「必要以上」分の正体です)が大幅に軽減される分、書くこと自体に力を割けるようになります。「楽」というのはそういう意味です。
>アウトライン・プロセッシングのもうひとつの恩恵は、「楽」に書けることのいわば副産物として「自分の文章」が書けることです。「自分の文章」というのは「上手いかどうかは別にして、少なくとも自分自身の言葉で書かれている(と自分で感じられる)文章」というぐらいの意味だと思ってください。文章を書くことが必要以上の苦行であるかぎり、それは手に入らないものです。
>そして今になって思うのですが、この二つの恩恵こそが、文章を書くことに対する私の苦手意識を克服させてくれたものです。
>Talk A 「書くためのアウトライン・プロセッシング」前史
>Process 1 「発想のタイムライン」から始める
> 1.2 フリーライティングと「発想のタイムライン」
> 1.3 「発想のタイムライン」でテーマを見つける
> 1.4 「発想のタイムライン」でテーマを掘り下げる
> 1.5 「発想のタイムライン」で本の形を考える
>Process 2 「発想のタイムライン」から「発想のアウトライン」へ
>Process 3 「発想のアウトライン」から「文章のアウトライン」へ
>Process 4 「文章のアウトライン」から「文章」へ
> 4.2 「文章のアウトライン」を「文章」にする11の方法(あるいは態度)
>Talk B 「書くためのアウトライン・プロセッシング」外伝
> 「書くためのアウトライン・プロセッシング」の理屈
> 簡易版「書くためのアウトライン・プロセッシング」