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インターネットの自由共産主義
情報が情報の工場生産的に大量生産されていけば、当然一つあたりの単価は下がる。
それは、水道哲学から言えば、ごく自然な帰結である→コンテンツの水道哲学

では、コンテンツは無料であるべきだ、という考え方はどうか。

皆が等しく情報にアクセスできたらいい、というのは立派な理念だが、それは情報の私有を認めない、という思想に限りなく近い。著作権の話はややこしくなるのでここでは割愛するが、「みんながすべてを見られるようにすべき」というのは基本的にそういう思想だろう。
つまりは、共産主義に限りなく近い。

しかし、その生成は計画経済的ではない。非常にボトムアップ的である。つまり、自由主義だ。

そうなると、自由共産主義、という方向になる。

実現すれば素晴らしいが、それを維持するためのコストが計算されているのかは気になるところだ。