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容器のメタファーと道のメタファー

Scrapbox以前のEvernoteなどメンタルモデルを引きずってる人はタグを「容器」として使いがち。
例えば「本」ってタグを読書メモ全部につけて回る
これはタグを「本に関するページが入る容器」と認識している。

でもshokaiとかの話を聞いてるとしばしば「リンク」「つながる」「たどる」という表現が出てくる。
どこでもドア」というメタファーもそう
道がつながってなくてたどれない
→ドアを出して、行きたいところに近そうな文字列を入れる
→実際に行ける所の中からいくつかサジェストしてくれる
→選ぶと道がつながる

「検索をより良くしたい」的な話をよく聞く
それって自動車が生まれつつある時代に「もっと速い馬が欲しい」って言うようなもん
慣れてるからって理由で馬に固執するのが問題なんじゃないの

「Scrapboxって習得コストが高い」みたいなセリフ
明示的に学習の必要な記法とかは大した量ではない
本当にハードルになってるのは明示的でない「メンタルモデルの変化」だと思う
で、メンタルモデルが変化した方がScrapboxを便利に使える
のだが、notaの経営上は「メンタルモデルが変化しないと使えない」よりは「変化しなくても使える」が選ばれる。
その結果、メンタルモデルが変化しないままでもそれなりに使えてしまうから、変化の必要がわかりにくくなる。

表記揺れ

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