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第1章 動物の行動

社会的グルーミング
霊長類の毛はきれいに保つための定期的なグルーミングが必要
霊長類の個体は自分の体をグルーミングでき、また行うが、効果的に手入れできるのは体の半分だけ
背中、顔、頭は簡単に手入れできない
体全体をきれいに保つために、彼らにはちょっとした仲間の手助けが必要(Dunbar, 2010)
霊長類だけでなく、ネコイヌライオンウマコウモリコンゴウインコなど多くの州で社会生活の一部になっている
単純な衛生管理機能という考え方に疑問をなげかける不可解な事実がいくつかある
ほとんどの霊長類は、毛をきれいに保つために必要な時間よりもはるかに多くの時間をたがいのグルーミングに費やしている(Dunbar & Sharman, 1984)
たとえば、ゲラダヒヒは日中の17パーセントというとてつもない時間をたがいのグルーミングにあてている(Lehmann, Korstjens, & Dunbar, 2007)
霊長類の種によってはわずか0.1%しか互いのグルーミングの時間をとらないものもあり、鳥は同様の羽づくろい行動に0.01%くらいの時間しか費やさないことを考えると(Dunbar, 2010)、これは明らかにやりすぎ
それより不思議なのは、霊長類が自分自身の毛づくろいよりもはるかに多くの時間をたがいのグルーミングに費やしているという事実(Dunbar, 2010)
衛生管理が唯一の目的であるなら、社会的グルーミングよりも自分自身のグルーミングの時間のほうが長くなると思われる
霊長類の種における平均的な体のおおきさとグルーミングに費やす時間の関連性
衛生管理活動だとすると大型の種はたがいのグルーミング時間が長くなるはずだが、実際にはそのような相関関係はない(Dunbar, 1991)
霊長類学者のロビン・ダンバーはその研究人生のほとんどを社会的グルーミングの調査に費やしてきた
彼の結論はすでに霊長類学者のあいだでは常識となっている
社会的グルーミングは衛生管理と関わっているだけではなく政治でもある
同盟関係の構築
グルーミング行為は多くの関連メッセージを伝えている
グルーミングをする側「空いている時間をあなたのために喜んで使う」
される側「あなたなら後ろから近づかれても(あるいは体を触られても)大丈夫だよ」
そうしている間にも、両者は単に新近距離で心地よい時間を過ごすことで、同盟の力を強化している
だが、二匹がライバル同士だったなら、そのようなリラックスした行動を楽しむために警戒を緩めることは難しいだろう(Dunbar, 1991; Goosen, 1981)
つまり、ダンバーによれば「グルーミングは、信頼を構築するための土台を築くことである」(Dunbar, 2010)
グルーミングのこの政治機能は、厳密な衛生管理機能に照らし合わせても意味をなさない別のデータも説明できる
なぜ順位の高い個体は低い個体よりも頻繁にグルーミングを受けるのかがよくわかる(Seyfarth, 1977)
順位の低い霊長類が自分よりも上位の個体をグルーミングしても、代わりにグルーミングをしてもらえる可能性は低い
彼らは単なるお返しとは異なる何か別の利益を得ようとしているに違いない
実際、グルーミングのパートナーは食べ物を分け合い(De Waal, 1997)、餌場で互いの存在を容認し(Ventura et al., 2006)、集団の他のメンバーと衝突したときに助け合う傾向が強い(Schino, 2007; Dunbar, 1980; Seyfarth & Cheney, 1984;)
グルーミングの政治機能はまた、異なる種を比較したグルーミング時間が毛の分量ではなく社会集団の大きさに相関していることも説明できる(Dunbar, 1991)
これらの霊長類が政治的な動機づけを意識する必要はないことに気づいてもらいたい
自然選択を考える限り、重要な点は、社会的グルーミングを多く行う個体は少なく行うものよりうまくやっていけるということ
そのため、霊長類はなぜ気持ちがよいのかを必ずしも理解しなくても、たがいにグルーミングすれば気持ちよくなれると本能的に知っているのである
これは交尾をするようにプログラムされていながら、交尾が受胎と出産にどのようにつながるかを理解するようプログラムされているとはかぎらないのと似ている
霊長類がグルーミングを行う理由には衛生管理の役割もいくらかあると覚えておくことも重要
衛生管理がまったく無関係であれば、霊長類はたがいの毛をつまむのではなくたんに相手の背中をマッサージするだけだろう
しかし、社会的グルーミングに衛生管理の価値があっても、霊長類があまりに多くの時間を費やす理由はそれでは説明できない
ゲラダヒヒは毎日30分社会的グルーミングをするだけで体を清潔に保つことができるかもしれないのに、120分も費やしている

利他行動の競争
アモツ・ザハヴィとテルアビブ大学鳥類学チームの研究がよく知られているアラビアヤブチメドリは、小型の茶色い鳥で、シナイ砂漠とアラビア半島の一部の乾燥した藪に棲息している
ヤブチメドリは3~20羽の小さな群れで暮らし、捕食者から身を隠すために必要な樹木、低木、やぶなどの小さななわばりを集団で守っている
群れの一員として暮らしているヤブチメドリはうまくやっていけるが、群れから追い出された個体はたいへんな危険にさらされる
たいていは他の群れからもつまはじきにされ、餌と身を守る場所を手に入れることが難しく、多くはタカなどの猛禽類ヘビの餌食になる(Zahavi & Zahavi, 1999)
オスのヤブチメドリは厳しい優劣の階層を作る
群れのリーダー(アルファ・オス)は二番手(ベータ)オスとの小競り合いには必ず勝ち、ベータは三番手(ガンマ)オスにいつも勝つ
ごくまれに、すぐ上とすぐ下の階級の二羽のあいだに激しい戦いが起き、一羽の死や群れからの永久追放を招くことがある
しかしながら、殆どの場合、オスはたがいにすばらしくうまく暮らしている
成鳥が食べ物を与え合い、群れのひな鳥に餌を持ち帰り、捕食者やライバルの群れを攻撃し、仲間が餌を探しているあいだは捕食者が襲ってこないかどうかを見張る「監視任務」を務める
一見したところでは、ヤブチメドリはたがいに、群れを助けるために競争している
しかもしばしば激しく
たとえば上位のヤブチメドリは下位のヤブチメドリに餌を与えるどころか、嫌がる鳥に無理やり飲み込ませている
同様にベータのオスが木のてっぺんで監視任務についていると、アルファがそこまで飛んでいってベータを枝から追い払おうと嫌がらせをすることがよくある
ベータがアルファが譲ってくれればすぐ後退できるよう、しつこくそばに居座る
それ以外の利他行動を実行する「特権」を狙っても、似たような攻防が起きている
ひとつの仮説は、上位のヤブチメドリは強いので、餌を我慢したり捕食者を蹴散らしたりすることがうまくできるという考え方
したがって、重荷を背負うことで、実際には自分より弱い群れの仲間を助けていると考えられる
この仮説の問題点は、ヤブチメドリはヤブチメドリがもっぱら階層のすぐ上とすぐ下のあいだで競っているところにある
たとえば、アルファはほぼ絶対にガンマから監視任務を奪おうとはしない
そうではなく、アルファは競争に費やすエネルギーのすべてをベータに向ける
もし目的が弱者の手助けなら、アルファはベータよりもむしろガンマから監視任務を奪うはず
さらに不都合なことに、ヤブチメドリは、群れのひな鳥にえさを与えさせないようにするなどして、しばしばライバルの献身的な行動を邪魔する
目的が群れ全体に利益を与えることであるなら、これはまったく意味をなさない
ザハヴィとそのチームが丁寧に文献に記しているように、利他行動をするヤブチメドリは群れの仲間のあいだで一種の「功績」(ザハヴィの言葉で「名声ある地位」)を作り上げている
名声によって彼らは少なくとも2つの異なる特典を得られる
交尾の機会
名声あるアルファは交尾のチャンスをすべて自分のものにできる
けれども、ベータが手柄を立てれば、アルファはたまに一部のメスとの交尾の機会を譲ってやる
特に、交尾はえさやりとは異なり、オスが我先に自分より地位の低いオスにその機会を与えるような活動ではない。ここでは進化の論理がむき出しである。
そうやってアルファはベータに自分の周りにいるよう効果的に「賄賂」を贈っている
群れから追い出されるリスクの軽減
ベータが群れのために役立って多くの功績をあげれば、アルファが彼を追い出す可能性は低くなる
ベータが手柄を立てて自分が群れにとって役立つことを示せば、アルファは彼を取り巻きに置いておきたがる
「利他」行動を重ねることで、ヤブチメドリは自分の力強さや健康を証明している
このように、ヤブチメドリは最終的に自分の生き残りと生殖のチャンスを高めるために、他者を助けようと競い合う

人間の行動
表面レベルの行動論理はしばしば、それより奥深くにある複雑な動機を覆い隠している
わたしたち人間よりはるかにシンプルな暮らしをしている種にさせそれがあてはまる
こうした動物の動機を「隠されている」と呼ぶのは間違いだろう
その自覚の無さは戦略的ではない
ヒヒはグルーミング行動の背後にある政治的な意図を隠す必要がないので、自分の知識を抑え込む必要もない
知識の抑圧は次の二つの条件を満たして初めて役に立つ
1) 自分の心の一部が他者に見透かされるとき
2) 他者が自分を評価するにあたって、自分の心のなかに「見える」ものに応じて報酬か罰かを与えるとき
場合によっては、このふたつの条件が人間以外の霊長類にあてはまることもある
戦いになりそうな瞬間、動物は両者とも必死で相手の意図を汲み取ろうとする(Krebs & Dawkins, 1984)
それはつまり、両者に相手を欺く動機がある状態だとも言える
そのときに若干自分を欺くことで相手を欺くことも容易になるかもしれない
目のある敵に対してカムフラージュが有効なのと同じように、心を読む能力を持った敵に対しては自己欺瞞が役立つ可能性がある
人間以外の種の行動を研究するとき、わたしたちは動物の目から見た世界を感じ取ろうとして、その動物の立場に立って考えようとせずにいられない
その方法はときに私たちを惑わせる
別の動物の行動を「直感に反する」と述べるとき、それはその理解できない行動をしている種についてではなく、私たち人間について述べていることにほかならない
たとえば、ヤブチメドリなど利他的に見える動物の行動を説明するために、科学者はしばしば「種のために」という考え方を用いた
この種のアピールでもっとも知られているのはKonrad Lrorenz, 2002かもしれない。これはおもに1930年代にRonald Fisherによって開拓された進化の遺伝子中心説で解明され、Richard Dawkinsの1976年の利己的な遺伝子で広まった
人間が自分たちも含めた動物の動機をよく間違って解釈する理由を解明するためには、人間の脳がどのように設計されているのか、そして脳はどのような問題を解決しようとしているのかを注意深く見ていかなくてはならない