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100の議論より1の実装
が物事を進めることもある(弱腰)という考え方

基素は高校の頃インターネットの議論を見て
実際のものを作ったらはっきりするのに
長い時間をかけて話していて
結局得るものがない
なんとなく、納得させられるような議論をした方が支持されてしまう
どちらも根拠はない
ということを感じることを、何度も経験した記憶がある
工学部に進んだ一因になった
1の実装がなにもかも解決できるとは思わない
しかし、技術があれば無限の議論がなくても解決できることがたくさんあるのは事実だと思う

議論はプロトタイピングや事実に基づくべき
そうでないと具体的な議論ができないので無限ループになる
それが足りないのであれば先にそれをやるべき
それがない決定が必要な時もある。決断をすぐ出さないといけない時もある。それらはすべて博打であるということを自覚してやらなければならない
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存在しないものを議論しても良いが、それをあまり重く見てはいけない

PoCを作り続けるのが趣味の創作では筋が良さそう

事例
スプラトゥーン
70個のアイデアがあった
「豆腐のような形をした白いのと黒いのがインクを発射しあって、陣地を取りあう」Prototyping
なぜ選ばれたか?
>試作の時点で4人対4人のネット対戦ができるようになっていたんです。
>新しい構造のものをつくるときは、“プログラマー最強説”というのがあるんですよね。