財閥解体
昭和の不況で潰れてない金持ち会社が発見されて
財閥という括りができた
定義は専門家でも割れる
多角的にやっているのに独占的な意思決定ができるものを財閥という
近代化を実質的に担えるのは財閥しかいなかった
侍に工場立てろと言っても無理
系譜は2つ
明治に伸びた人
太平洋セメント
鉄砲屋
東京ガス
古川電気工業
アサヒ生命保険
江戸商人の財閥
住友
薬と本屋
祖父が柴田勝家に仕えていた
銅の精錬を南蛮から学んで公開
銅産業ができた
政府が管理
政府が超長期投資をした
愛媛の別子銅山
経営を住友にまかせた
ここから広がっていく
三井
三井越後屋呉服店
ビジネスモデルイノベーション
呉服店は家まで服を持って行って信用売りする
店前に商品を並べて現金で売った
客は武士なのに
資金繰りが簡単になり、廉価に売れた
20以上いたが読んで残ったのは上二つ
住友
銅山を掘るのが難しくなっていた
競合が増えた
産出量が1500→490t になり
8300石もらっていたが明治維新でなくなる
敗戦