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なぜゲーム作りをまるごと理解できる人が増えないのか?


>ゲーム会社での今の若い子を見ていると、環境としてとてもむずかしい時代だなと思う。なんせ1本作る予算が高い。すでにベンチャーでは出せる金額ではなくなってきたし、大手でもかなりしんどい額である。その結果、過去に結果を出したベテランに再投資され、ベテランがよりベテランになるサイクルになっている。この人はかなり才能があるなという人でも、新規のディレクターに到達できるひとはほとんどいない。そのうえで現状の市場で初回から成功させるような人は当然殆どいない。これでは、どれだけ下積みをしようが、ゲームを作れる人は増えたりしない。

>ところがある一定のところで効果がなくなり、逆効果になるようなタイミングがあったのだろうと想像する。
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> タイミングは規模の拡大期だ。規模が拡大すると、大体のプロジェクトが10人以上のところで中央集権的なディレクターが強化され、サブチームが生まれ、物量に対応できるようにトップダウン体制に近くなる。そうすると、自然と全体を見る必要がない人、見えないほうが都合がいい状態というのが生まれてくる。作業者っていうやつだ。この割合が増えるに連れて、連絡系統が強化され、末端はある種の労働集約モデルになる。
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> こうなると、すべての人がすべてを理解をしていると話し合いが終わらず、意見がまとまらず、作業をやらされているだけの全体が見えるひとは不満が出てプロジェクトをうまく進めるのが難しくなってくる。そしてカジュアルゲームとはいえ、一人の教育の3~6ヶ月掛けるというのはそのままコストが掛かる。コストを掛けてうまく行かなくなるのは馬鹿らしい。なので辞める。

>A:10%の成功率で15倍のリターン
> B:80%の成功率で1.3倍のリターン
> という賭け事があった場合、期待値で言えばAのほうが明らかに良いにもかかわらず、Aはあまり選ばれない。人間は10回の痛みを堪えて20倍のリターンをとろうという選択肢をあまり選ばない。なぜならば、成功はドーパミンがでるが失敗は痛みを感じるからだ。これは成功の量に正比例をせず、体感として感じてしまう。ゲームで成功率が現実から比べると異様に高いのはこれが原因だ。理論的にはプロスペクト理論だ。

>今まで出した話をまとめると以下のようになる。ゲーム業界の抱える慢性的な課題である。
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>過当競争のために大規模化
>  ・ゲーム1本当たりの予算が上がったため
>  ・ゲーム1本のヒット率が下がったため
>  ・規模が大きくなったために分業化、作業者化
>  ・規模が大きくなったため開発期間が長くなりチャンスが少なくなる
> ・予算が上がり、ヒット率が下がった結果、ディレクターはますますベテランのみに任される状況に
>  ・新人が経験できないので理解できる人は増えない
> ・とはいえ、カジュアルで「作っただけ」では、マーケットからの面白さの評価や金を稼ぐ体験ができない

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