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ブロードキャスト型のやりとりが基本になっている
ここの Helpfeel Cosense で日記を書いて、キマグレエフエム純朴声活で音声配信をやって、かつてはおつかれシャワー週刊少年オオワダjune29.jp を更新していた時期もあって、メディアは変われどかれこれ十数年は日常的な「近況報告」を続けている。

特定の誰かに宛てるわけではなく「受信したい人がいればご自由にどうぞ」というスタンスでの近況報告を好んで続けている。

また、自分以外の人々が公開してくれている近況報告の類も大好きで、ぼくがウェブに求めているのはそういうことなんだよな、と思い続けている。友人知人から、ぼくが一方的に存じ上げているだけの人まで、人々の何気ない日常が感じられるコンテンツが大好物だ。

マスメディアしか存在しない時代には「大きな物語」の流通がメインだったのが、今では無数の「小さな物語」が流通している。ソーシャルメディアが登場したとき、ぼくはマスメディアに対するカウンターとしての性質に心を惹かれた。

こうして、ブロードキャスト型の近況報告をやって、同じようなことをしている人々の報告を受信して、こんな日々が愛おしくて心地よい。すっかりこれに慣れてしまった。ほんで、特定個人との間で「ひさしぶり!元気にしてる?」「最近、なにしてるの〜?」的なやりとりをする機会はほとんどなくなっている。「連絡を取り合う」という行為なしに、お互いの近況を把握できている相手というのがたぶん 100 人くらいはいるんじゃないかな。いつも通りに発信していたら勝手に受信してくれる人たちがこれだけいると、特定の誰かに対して「最近、こういうことがあって〜」とわざわざ個別に報告したいモチベーションは自然となくなっていく。

世界を眺めていると、「ブロードキャスト型」を採用している人と「個別連絡型」を採用している人で、けっこうノリがちがっているような印象を受ける。島が分かれているのかもしれないね。現にぼくは、ブロードキャスト島にいる友人たちの近況はけっこう把握できているつもりだけれど、そういった発信がない人の近況は知る術がないもんな。