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深読みしちゃう病をなんとかしたい
深読みしちゃう病をなんとかしたい
リー・ワネル透明人間が面白かったっちゃあ面白かった
(以下ネタバレも含むので気になる人は.....)
今回の透明人間はクスリを使って透明になる往年の透明人間たちと違って、全身カメラだらけのスーツを纏って攻殻機動隊光学迷彩ライクに透明になる
スーツのお披露目シーンはかなり力が入ってたので、作り手たちの意気込みを感じたんだけど、同時にこれ無数のカメラって女性が感じてる目線を暗に表してるんだろうな〜...と考えてみたり、ネットやマスメディアがやってるリンチだったりもするんだろうな〜...と考えてしまったりする
終盤、伏線が引かれていた通り(スーツ仕舞うところはちょっと露骨すぎな気もしたが...)主人公がサイコ大富豪を姉ちゃんが殺られた通りに復讐してみせるところは、ミッドサマーにも通じるような開放感というか、カタルシスがあったといえばあったんだけど、じゃあリンチされた人はリンチしてきた相手をやっちまっていいのか...?とか、もっと直球に DV 被害に遭っている人は加害者をブチ殺してもいいのか...?となんとももんにょりしてしまい、一抹の後味の悪さがあった
もしかしたらそういう意図で製作されたのかもしれんけど、どうなんだろう?
複数回みてるような作品を改めて見返す時に、そうやって作家たちの意図について考えたりしながらみるのは楽しいとおもうけど、初見の時ぐらい素直に楽しみなよ...となんか自分にツッコミを入れたくなってしまった
もうちょっと歳の若い頃は素直に受け取って楽しんで、後から「アレってそういう意味か...?」と考えたりしてたし、もっと若い頃はそれすら考えてなかった
クウガティガはある種の原体験的な楽しみ方を幼い頃にやって、歳を重ねる毎にしみじみと作品中に張り巡らされた良さを噛みしめる素晴らしい体験をさせてもらって、これを超える体験ってもうこの先の人生でないんじゃないか?とすらおもう
MCUインフィニティサーガスパイダーバースで感情がバリデカになることはあったけど、じゃあこの先10年後とかに見返した時に今と違う感じ方ができるかどうか、自信がない
ちなみに、透明人間は映画文法が身体に染みついている人ほど怖くなるつくりになってて、そこに関してはウマい!怖い!とおもいながらみていた