> 獲得型と運勢型の幸福観の違いは、世界認識の方法の差異についてもさまざまな含意をもっている。最も重要な点は、個人が他者や世界と切り離されていると捉えるか、もしくは連続的につながっていると考えるか、ということだ。
>
> 先の運勢型幸福観の説明で論文が引用されている文化心理学者の内田由紀子がかかわってきた一連の研究では、この文化差が詳細に調べ上げられている。例えば、「感情は個人のなかにあるのか、人と人の間にあるのか」と題された論文2では、日米における感情(emotion)の構造の違いを説明している
>
> 米国型のモデルAでは、個人が家族や友人、同僚といった他者とは独立した存在として、ひとりで感情を経験する。対して、日本型のモデルBでは、自己の境界が他者のそれとなかば融解しており、ある感情を他者とともに経験する様子が描かれている。内田らの研究結果は、厳密な科学調査から、文化の違いに応じて、幸福ばかりか負の感情でも受容形態が異なることを明らかにしている。
>
> 先の幸福感の違いと照らし合わせて考えてみれば、この図中の「感情」という要素を、「世界」と置き換えても意味が保たれるのではないかと、わたしには思える。個が他者や環境と対峙する認識論(モデルA)では、確かに個の行動によってその状態の結果が左右されると考えるだろう。しかし、他者と共同で世界と向き合うとき(モデルB)、主体は自分自身では制御できない複雑さのネットワークに置かれることになる。