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チーフエンジニア
同義語:主査

主査の誰とでも面会できる権利
取引コス = アポイントメントコスト = ゼロ



トヨタ
書籍
1960年代 長谷川龍雄
1980年代 主査制度が大規模組織改編 同時期に日産がぱくる S.『トヨタ自動車開発主査制度』(絶版)S.『和田明広オーラル・ヒストリー』(非売)
1985~90年 ウォマックらがトヨタ生産方式側を中心に調査してリーン思考へ 『リーン生産方式が、世界の自動車産業をこう変える。』 #IMVP(国際自動車プログラム)
2010年代?~ 『トヨタ チーフエンジニアの仕事』 リーン製品開発->フォードでの適応『凄い製品開発』


製品企画室室長
1967~野口正秋?

大主査

佐々木紫郎にとっての大主査
中村健也 初代クラウン
稲川達 大型トラック
薮田東三小型トラック
知久健夫 試験研究
長谷川龍雄 初代パプリカ
カローラ・ターセルなど乗用車開発と製品企画体制整備


1964年主査兼参与
トヨペットクラウン、二代目クラウン
トヨペット初代コロナ、二代目コロナ
クラウンエイト
内閣総理大臣 佐藤栄作の公用車
1980年ハイブリットカー試作

立川飛行機出身、戦闘機開発チーフ
トヨタ常務、専務
初代クラウンにおいて中村健也のアシスタント
トヨエース(SKB型トヨペット・ライトトラック)
初代パブリカ 1961
トヨタスポーツ800
カローラ初代
初代セリカ
初代カリーナ

トヨペット・マスター
開発期間五ヶ月


主査
元副社長
ボディ設計
二代目クラウン
初代カローラ
関係
センチュリー
70型スープラ
プログレ

レクサスLC


ラウム 1997
ファンカーゴ 1999
bB 2000
bBオープンデッキ 2001
イスト 2002
プロボックス・サクシード 2002
pod 2001
デュエット 1998
キャミ 1999
カムリ 8代目 2006
アバロン3代目 2005
ソラーラ2代目 2003
PICO 2011

3代目クラウン

内山田亀男の息子

小室武
1971 4代目クラウン

1974 5代目クラウン
初代クラウン サスペンション担当

新藤和彦
1979 6代目クラウン

今泉研一
1983 7代目クラウン
1987 8代目クラウン

渡邉浩之
1991 9代目クラウン
ここからクラウンの担当は主査からチーフエンジニアに変わる
アリスト
1995 10代目クラウン

服部哲夫
1999 11代目クラウン

加藤光久
2003 12代目クラウン

寺師茂樹
2008 13代目クラウン

山本卓
2012 14代目クラウン
2013 6代目マジェスタ

秋山晃
2018 15代目クラウン

下村修之
5代目マジェスタ

二代目センチュリー
初代レクサス
トヨタは世界一のEVを造るべきだった、初代レクサスを創った「伝説の技術者」の至言

豊島浩二
3、4代目プリウス、プリウスPHVのチーフエンジニア

多田哲哉
86
スープラ

都築功
A80型スープラ

加古慈
レクサスUX

吉田守孝
レクサス

田島敦
三代目コロナ
大ヒットし日産を抜いて乗用車生産で日本一

初代クラウンの足まわり担当 ばね
取締役副社長
長谷川龍雄の弟子
カローラ3代目で売上を大きく伸ばした
> 1955年に初代クラウンを出したとき、当時は日本の自動車メーカーの多くが海外のメーカーと技術提携をし、図面をもらってノックダウン生産をしていましたが、豊田英二さん(5代目社長。当時はトヨタ自動車工業・専務)は「図面があればそのレベルにはすぐ追いつけるが、その図面には失敗の歴史が書かれていない。自分たちで失敗しない限り、その図面よりいいものは作れない」、つまり「真似をしている限り、それを超えることはできない」と。
>  その後、初代カローラでは、世界中でまだ2~3例しかなかった「マクファーソンストラット」をフロントサスペンションに採用することになりましたが、このときも英二さんは「ダンパーは自社開発する。外注に任せれば簡単に作れるかもしれないが、ノウハウを持っている者が指示しない限り、満足のいく結果は得られない」と言われましてね。
>  こういう基本的な姿勢というのは、豊田喜一郎さん(2代目社長)以来の一貫したもので、トヨタの基本理念です。そのような体験を経て、自前の技術力に自信を持つことができるようになりました。
カローラ2代目
主査業務を途中から引き継ぐ
カローラ3代目
初代FFターセル
コルサ

関東自動車工業社長
長谷川龍雄の弟子?
4代目カローラ
最速1000万台達成(16年4ヶ月))
T型フォード、シボレー、フォルクスワーゲン・ビートルに次ぐ
5代目カローラ


取締役副社長
昭和15年7月生まれ
工学博士
名古屋大学工学部機械科 名古屋大学大学院工学研究科 卒業
斎藤家はトヨタ家に次ぐ名家
父は斎藤尚一、トヨタ自工会長で、大野耐一のカンバン方式導入を支援
カローラ6代目 1987年5月
カローラ7代目


カローラ8代目

2003年に常務役員就任
2008年からトヨタ車体株式会社代表取締役副社長
2010年から2015年までトヨタテクニカルディベロップメント株式会社代表取締役社長
カローラ9代目

カローラ10代目
カローラ11代目

トヨタ自動車東日本執行役員
カローラ10代目
カローラ11代目

カローラ10代目
カローラ11代目

小西良樹
カローラ12代目

久保地理介(くぼじりすけ)
工大工学部機械科卒業
昭和39年トヨタ入社
初代、2代目カローラの足まわり担当
セリカとカリーナの主査チームの主担当員
ニューセリカ2000GT 主査

岡田稔弘(おかだとしひろ)
京都工芸繊維大 意匠工芸学科 インダストリアルデザイン専攻 卒業
トヨタ入社後 デザイン部で16年すごし、次の10年を製品企画室でコロナやマークⅡの主査付として過ごす。
ソアラ
1981-1982日本カーオブザイヤー受賞
スープラ

塩見正直
ライト? タウン? マスター?

トヨタGTV


初代セルシオ




チーフエンジニア
トヨタのチーフエンジニアの育成は12年
>顧客の声の代表
> 顧客定義化値
> 製品コンセプト
> プロジェクト目標
> 車両アーキテクチャ
> 車両レベル性能
> 車両レベル特性
> 車両レベル目標
> すべての機能別プロジェクトチームのビジョン
> 価値のターゲット
> 製品計画
> 性能目標
> プロジェクトのスケジュール

>顧客が欲しているものに対する直感的理解
> 卓越した技術的能力
> 直感的だが、事実に基づく
> 革新的だが、実証されていない技術には鍵的
> ビジョンがあるが実務的
> 厳しく指導する教師役、励まし約、鍛え役でありながら、辛抱が強く人の言うことを聞く
> ブレークスルー目標を達成することに対して妥協をしない態度
> 卓越したコミュニケーションスキル
> いつでも手を汚す用意がある