ザ・コンサルタント
自閉症の主人公、その表の顔は
会計士、裏の顔は
殺し屋という設定だけを聞き、もっとコミカルな作品かと思ったのだがさにあらず。結構シリアスな内容だったのだが、シリアスであるがゆえに、その正確無比な圧倒的な強さに思わず笑ってしまった。基本、敵はほぼ全員ヘッショ一発。あっという間に虫のようにバタバタと死んでいく様が不謹慎だがおもしろい。思わず笑いがこぼれてきてしまう。
ネタバレになるが、主人公の敵であるブラクストンは、実は小さい頃から仲良くしていた弟だったとわかる。弟から「こんなことが起きる確率ってどんだけだよ」と言われて真面目に「確率でいうと......」などと答えてしまう主人公。自閉症なのでメタメッセージの理解が苦手なのだ。さっきまで裏稼業のボスだったのに、兄だとわかるととたんに弟になっちゃうブラクストン役の俳優(
ジョン・バーンサル)の演技が見事だった。
「表の顔は**裏の顔は殺し屋」的な設定の作品はいくらでもあるだろうし、殺し屋ということは小さい頃に軍隊や同じ殺し屋稼業で血の滲む訓練をさせられていたという設定もたくさんあるだろう。たとえば
シティハンターの
冴羽獠なんかがまさにそうだし、何考えてるのかわからないが圧倒的に強くて魅力的な主人公と言えば
ザ・ファブルも思い出す(ファブルは2014年からの連載で、本作は2016年なので、ファブルのほうが先だが)。視聴感もファブルの読後感に近い。なんていうか、とにかく落ち着く。安心して見ていられるのである。なぜか。
まず、主人公が圧倒的に強い。だから見ていて「負けるかも」「ひどい目にあうかも」といった心配やハラハラが一切ない。そのあまりの強さは美しさすら感じさせるほどで、だから、視聴者もストーリーそっちのけでその殺しの技術に思わず見とれてしまうのである。
次に、主人公の暴力性に「何をしでかすかわからない」という暴発性や無軌道性、無計画性が一切ない。暴力といっても非常によくコントロールされている。だから理不尽に無辜の民が主人公に殺されたりすることもない。
ハングマンズノットの柴田のような「誰にどこまで発動するのか、当の本人にすらわかっていないコントロール不能の暴力」ではないのだ。
他方で、幼い頃の主人公が裏返しにしたパズルを最後の一つがハマるまで絶対にやめられない、最後のピースが見つからないだけで暴れだすという描写があったが、自閉症特有のこだわりから「一度手をつけた仕事は完遂するまで徹底的にやりきらないと落ち着かない」という特性が主人公にはある点も見逃せない。一度野に放たれてしまえば、最後の結論、ゴールにたどりつくまで殺しも不正の追及も止まらない。そんな無敵の主人公が、表では会計士としてCFOの横領と、会社のマネーロンダリングを一晩で暴き、裏では悪者を一発で何の躊躇いもなく射殺する。要するに「絶対に悪役が安心して美しく殺されてくれる世界」になっている。
とまあ、主人公の最強ぶりが目立つが、だからといって主人公に「欠点」がないかというと、まったくそんなことはない。人との交流は苦手だし、いわゆる「空気を読む」ことや「比喩的な表現を理解する」こともできない。幼い頃に母親が家を出ていってしまったし、父親の仕事の都合で34回も引っ越しており、友人もほぼいない。強すぎるが完璧なわけではないのだ。
とそうなると今度は別の「不安」が出てくる。主人公は果たしてハッピーなのか?だ。さみしいのでは。孤独なのでは。 でも、この不安も作品からはちゃんとオミットされている。主人公には信頼できる秘書の女性がいるからだ。この女性が、これまたネタバレになってしまうが、冒頭、ハーバー神経学研究所で主人公になくしたパズルのピースを渡してくれた、同じく自閉症の女性だ。主人公には信頼できる仲間が一人、ちゃんといるのである。
そう、本作を座右の作品、やマイベストに挙げたり、繰り返し視聴する人が少なくないようだが、その一番の理由は「恋愛やエロという要素がまったくない」ことかもしれない。孤独な殺し屋って設定まではいいとして、それが最後は誰かとくっついたり、誰かとセックスしてたりすると、そういうのが好きじゃない人からすると安心して視聴できない。が、本作にはそうした描写が出てこない。とはいえ、決して主人公は孤独なわけでもない。別に恋愛しなくったっていい。好きな人がいなくてもいい。誰かと大事な信頼で結ばれていて、仕事もきっちりしていて、それで十分にハッピーなのだ。