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ゲット・アウト
ジョーダン・ピール監督・脚本のホラー映画
2017年発表

ホラー人種差別という社会問題を溶け込ませ、ユーモアも適宜まぶしたその脚本が非常に高い評価を受けている作品とのこと。ストーリーというか設定は実は非常にシンプルで、白人女性のローズ・アーミテージ(アリソン・ウィリアムズ)が付き合って五ヶ月の恋人、黒人男性のクリス・ワシントン(ダニエル・カルーヤ)を別荘まで連れていき、家族に紹介しようとする。家族もパーティーに来た親族や親しい人も「黒人に偏見はない」と言うのだが、不気味なマイクロアグレッションの連発。どこか変だ。居心地悪く感じたクリスは家に帰ろうとするのだが、実はアーミテージ家は若くて健康な黒人を連続で誘拐しその身体に、年老いた家族や友人の脳を移植することを生業にしていた......と言ってみればたったこれだけ。

黒人男性のような喋り方をわざとし「三期目があったらオバマに入れてた」とわざわざ言う精神外科医のアーミテージ父。不気味な催眠術師のアーミテージ母。今にもケンカをふっかけてきそうな、イカレた目をしたアーミテージ弟と、家族がみな明らかにおかしい。こんなおかしい家族の中にいて平気でいるローズ、こんな人たちだとわかっていて黒人のクリスを連れてきてるって時点で「一番おかしいのはローズ」だと気づくので、一家全員がグルとはすぐにわかるし、なんたってこのポスタービジュアルだから「ああ、この一家から酷い目にあわされるんだな」ということまではすぐ察しがつく。

あとは「なぜ」「どうやって」という謎解きになるが、それも「脳だけ黒人身体に入れ替える」くらいの話なので、ホラーものにしてはそんなに突飛な設定でもなく、割と「おとなしい」と思う。クリスの別荘からの逃走も「カメラのフラッシュを焚き催眠術を一時的に解除する」とか「椅子の手すりに詰まった綿を耳に入れて催眠術を無効化する」など「漫画かい」という雑テクニックなので、その部分のお話も実は結構チープだ。

ではどこがおもしろいかというと、要するに「白人たちに囲まれたときの黒人が感じる社会的差別」とホラー映画で観客に感じさせるべき恐怖があいまいに重ね合わされているところだろう。「ゴルフをやってる。タイガー(・ウッズ)とは友達だよ」と言うジジイや「身体強いんでしょ」と勝手に腕を触ってくるババアなどを見て視聴者は「こいつら白人たちの態度、気持ち悪い......怪しい怖い」と感じるのだが、そのホラーとしての異常事態への恐怖は、実は黒人が常日頃から感じてるただの日常だったりする。たまたまアーミテージ家が黒人連続誘拐犯だったが、別にそうじゃなくても「黒人が白人だらけの社会で感じるいつものシチュエーション」としてそのまんま成り立ってしまうのだ。

普通に差別描写をしても当事者でなければ刺さらない、刺さりにくい。けれどもホラーという意匠、体裁を借りることで、黒人でない人にもこの状況に対する恐怖を感じさせることができる。そしてそこで感じる恐怖こそが、実は黒人が日常受けている差別なのだという回路をつくることにこの作品は成功している。逆に気になるのはこれをアメリカに住む黒人が見てホラーとして怖がれるのか?ということだ。「そりゃこんなマイクロアグレッションやI Have Black Friendsばっかりする白人だらけの場所に行くのは"怖い”けど、どこがおかしいんだ?」って感じなんだろうか。

大筋はシンプルでストレートなのだが、細かいひっかかりをつくるのもうまい。最初にクリスがローズに「黒人の彼氏だって家族に伝えたか?」と聞く。それに対して「伝えてない」「そんなことする必要はない」みたいなことをローズは言うのだが、これも結論を知ってから考えると逆の意味になるから怖い。知らせなくても当然黒人の男が来ると家族は知っているのだから。

途中でローズとクリスが鹿を轢くシーンも細かいけれどその後に上手く効いている。はねてしまった鹿に同情のまなざしをそそぐクリスだが、これはその後、クリスがアーミテージ家の黒人使用人ジョージナ(ベティ・ガブリエル)を逃走時に轢いてしまったとき、それでもジョージナを捨ておけないことの説明になっている。

また、鹿を轢いたときに白人の警察官が運転手でもないのに黒人のクリスに身分証明書を求めるシーンがあるが、これがあるからこそ、最後に警察がパトカーで登場したとき、視聴者とクリスは「別の意味で」ヒヤッとすることになる。中から出てくるのが白人だったら殺人や暴行の加害を疑われるのは、本当は被害者であるが黒人のクリスに決まっているのだから。車から出てきたのがクリスの友人のロッド(リル・レル・ハウリー)であるとき、視聴者は二重の意味で安堵する。「ロッド=友人だったあ」という安堵、それは同時に「白人じゃなかったあ」という安堵でもあるのだ。本当に怖いのはアーミテージ家ではなく、常にいつでも黒人が疑われる人種差別社会アメリカである。

白人と黒人の見る世界の違いや互いの恐怖心を上手く織り込んだ脚本は見事だが、いくつか謎も。作中、アーミテージ家のパーティーにいるのはほぼすべて白人で、一部いる黒人は実は脳外科手術で脳だけ入れ替えられたガワだけ黒人なのだが、一人だけタナカというキャラクターがパーティー参加者として出てくる。ここでわざわざアジア系(日系か)を出した意図とは? そしてタナカは「アフリカ系アメリカ人は有利かな?」「それとも現代社会では不利かな?」と言うのだが、このタナカがいないほうがわかりやすく白人:黒人という図式で読み解ける。わざわざ入れてるということは図式に単純に収めてほしくないからか。

登場人物の名前も気になる。黒人の主人公の名前がクリス・「ワシントン」。アーミテージ一家というのも「アーミテージ」と聞けば誰しも元海軍、国務副長官のあの「アーミテージ」を思い出すと思うのだが、ここらへんの名前にこめたニュアンスや民族的な意味などについても詳しく知りたいと思った。20241123moriteppei