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『モナドロジー』の12

河野与一の注(岩波文庫p220)によれば、この前にはじめ次のような文が第12節として挟まれていた
>そして一般的に力は變化の原理に他ならないと云ふことができる。

久住哲
>Mais il faut aussi, qu'outre le principe du changement
>il y ait un détail de ce qui change,
変化のディテール un détail
中公クラシックスでは「具体的な内容」と訳されている
岩波文庫河野与一訳では「細部」と訳されている。
この単語には「明細、詳細、一部始終」という意味もある。
『モナドロジー』の11で言及されていたものが変化の作用因だとしたら、ここで言及されているのはいわば変化の質料因であるかもしれない。
>qui fasse pour ainsi dire la spécification et la variété des substances simples
ここでは「変化」の言い換えがなされている。
(単一な実体の)個体化 la spécification
(単一な実体の)多様さ la variété
変化が言い換えられるとき、特に「個体化・特殊化」と「多様さ・変動」とが言われるのはどういうわけか
「変化」は「個性」や「多様性」……すなわち、もの同士の違いと深く関わっている
『モナドロジー』の9では、モナドがどれも異なっているという話がある。
日本語で言うと「変わりがあるかないか」……ということではないか
「変化」といわれると、
川の流れのように絶えず動き続けるものが思い浮かぶ。
しかし、「変化」が「個性」や「多様性」と関係するものなのだとしたら、むしろ「変化」というのは、〈バリエーションを生むもの〉としての差分を生む働きのようなものではないか。普通、そういった差分は部分と部分の組み合わせの違いによって生じるとされる。例えば、私とあなたの顔が違うのは、顔のパーツの色々の配分や性質が異なるからだろう。しかし、モナド間の違いは、そのような部分の組み合わせにもとづくものではない。『モナドロジー』の3『モナドロジー』の7を読めばそれが分かる。