「善い/悪い」と「良い/悪い」の闘い
『道徳の系譜』の「十六 ローマとユダヤの闘い」より。ここでニーチェは「善い/悪い」の価値と「良い/悪い」の価値の闘いの歴史を描いている。
>「良い」という判断は、「良いこと」をしてもらった人々の側から生まれるものではないのだ! この判断はむしろ「良い人々」の側が行ったものである。すなわち高貴な人々、力の強い人々、高位にある人々、高邁な人々の側が行ったのである。こうした人々はみずからと自分の行動を、すべての低い者たち、心情の下劣な者たち、粗野な者たち、賤民たちとは違って、〈良い〉もの、第一級のものと感じて、評価したのである。
>すなわち「良い」ということを示す語群とその語根には、まださまざまな形で貴族的な人間が自分のことを高い位階の人間であると感じていたことをうかがわせる強いニュアンスが、ほのかに光り続けているのである。
>むしろルサンチマンの道徳の意味では、そもそも誰が「悪しき」者だったのかを尋ねてみるべきだろう。きわめて厳密に答えるならば、それは高貴な道徳において「良き人」だったその人なのである。高貴な者、力強い者、支配者が、ルサンチマンの毒を含む眼によって、その色を変えられ、解釈し直され、見直されて、「悪しき」者とされたのだった。
また、
>この闘いの象徴は、人類のすべての歴史をつうじて、これまでにまだ読みがいのある書物として残されているある文書[タキトゥス『年代記』]によると、「ローマ対ユダヤ、ユダヤ対ローマ」という標語で示されるのである。
ローマにおいてユダヤ人(注釈によるとユダヤ人ではなくキリスト教徒)は「人類敵視の罪と結びつけられた」人々と判定された。
しかし当面のところ、どちらが勝利を収めたのかと言えば、ユダヤ人(「善い/悪い」の価値)の方であり、もちろんルネサンス期に「すべてのものを高貴な形で価値評価する考え方」が復活したのは事実だが、それは「ローマの上に構築されたユダヤ化されたローマ」だった。
そして、ユダヤ人(の価値観)は
フランス革命において古典的な理想に勝利を収めたが、奇怪なことに
ナポレオンという人間が古代の理想そのものが肉体をおびて登場した。
>ナポレオンのうちで、高貴な理想そのものの問題が、人間の姿で現れたのである。──それがどのような問題であるかを熟慮されたい。ナポレオン、この人ならざる人と超人の総合……。
そして、この二つの対立する価値評価の闘いについてニーチェは以下のように述べて『第一論文 「善と悪」と「良いと悪い」』が締めくくられている。
>わが読者諸君のように、ここから考え始め、考えを進めようとする人には、この問題に決着をつけるのは困難なことだろう。──だからこそわたしは自分で決着をつけようとするのだ。ただしわたしが何を望んでいるかが、前著『善悪の彼岸』にうってつけの危険な合い言葉、すなわち「善悪の彼岸」という言葉で、わたしが何を言おうとしていたかが、十分に明らかになっているとしてのことだが……。ともかくもこれは「善きものと悪しきものの彼岸」ではないのである。──